フィスター ディジタル計算機の論理設計

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Thompson-Ramo-Wooldridge Products Companyで技術部長だったMontgomery Phister Jr. (1926-2016)が著したLogical design of digital computers (John Wiley & Sons Inc., 1958)の邦訳である。翻訳者は大阪大学工学部教授(当時)の尾崎弘氏。

本書は昭和35年(1960年)4月から早川電機工業株式会社(現在のシャープ株式会社)の若手エンジニアがオールトランジスタ電卓CS-10Aを開発するうえで尾崎氏に師事しコンピュータ理論を学ぶ際に参照したテキストで、こと日本において電卓を扱う者は読むべきものではなかろうか。1991年7月28日にNHK総合テレビで放送された『電子立国 日本の自叙伝 第4回 電卓戦争』について記載された『電子立国日本の自叙伝〈下〉ISBN 9784140087930』に依れば、尾崎氏が執筆した原稿から起こされたゲラ刷りがテキスト代わりで、その訂正もこの若手エンジニアらが行ったそうだ。

記載内容はブール代数ブール関数をメインに理論面から説かれたもので、実際の演算回路まで落とし込むには時間が掛かりそうではある。全431ページのうち演算用回路の説明は僅かで、加算は24ページ、減算は17ページ、乗算は21ページあるものの、なぜか除算は3ページしかない。しかも、これらの説明に真理値表は記載されているものの、それを実現するための論理ゲート(組み合わせ回路)は記載されておらず、フリップフロップの入力方程式が記載されているのみだ。「演算回路は入力方程式から己で所望するレベルのものを設計すべし。この本を読破すれば解るだろ!」ということなのだろう。先述の番組でも、電卓専用の演算回路にするまで時間が掛かる様子が描かれており、その結果が『電卓技術教科書〈基礎編〉』に昇華したことを考えると感慨深い。

外来語が導入される時、その邦訳にはブレが出るものだが、本書では"system design"を「組織設計」と訳していることに時代を感じる。確かに英和辞典で"system"を引けば「組織、機構、体制」が第一義に挙げられるが、現代であれば「(コンピュータ)システム設計」で通じる。このあたりの変遷も面白い。

本書の初版は先述のゲラ訂正を実施した昭和35年(1960年)8月20日に発行されており、管理人が入手したのは昭和44年(1969年)4月15日発行の13刷である。当時も今も日進月歩である計算機工学の書籍が初版発行から9年経てもまだ重刷されていた事実に驚くが、裏を返せば、当時は本書が貴重かつ重要だった証拠と言えるのかもしれない。

Montgomery Phister Jr.著。尾崎弘 訳。1969年4月15日13版発行。朝倉書店刊。431ページ。函入り上製本。定価1,800円。