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HP 82210A

提供: Memorandum

HP-48シリーズ用HP-41CVエミュレータ。HP-48SXまたはHP-48GXの拡張スロットに装着し、HP-48シリーズをHP-41CVと同じ挙動にさせる。

即ち、このカードを使用したHP-48シリーズは「CPUをSaturnシリーズに置き換えたHP-41CV」として動く。よって、この状態でベンチマークと蛇足を実行すると、その結果としてSaturnシリーズであるHP-48SXHP-48GXと同じ値を出力する。なお、この状態で常用するのは不可能ではないもののお勧めはしない。キーインが3テンポぐらい遅れる[1]からだ。その理由はHP-48GXの脚注に記載した内容と同じだろう。

目的は「ユーザの移行」

本カードのマニュアルの冒頭に

This card provides an upgrade path from the popular HP 41 series to the HP 48.
(このカードは、人気のHP-41シリーズからHP-48へのアップグレードパスを提供します。)

とある通り、元々は、人気が爆発し製品寿命も異常に長かったHP-41シリーズのユーザをHP-48シリーズへ速やかに移行させるべく、それこそ巷に大量に存在しているであろうHP-41シリーズ向けに作成したプログラムやそれから生成されたデータをHP-48シリーズへ転送し、HP-48シリーズでHP-41シリーズのプログラムを使用できるように作られたカードである。アメリカ在住の古参のRPN電卓マニアから教えていただいた情報によれば「当時は1枚99ドルで発売されたが、(HP-48SXが350ドルだったことを考えると)ちょっと高いと感じた」そうだ。そのためあまり売れなかったようで、eBayをはじめとするオークションサイトでこのカードを見掛けたことは無く、管理人も件のRPN電卓マニアから「おい、eBayにとんでもないレアものが出品されてるぞ!」との至急電を貰い、350ドルという高値が付けられていたものの、四の五の言わずその場で購入することで、ようやく入手できた。

HP-41シリーズからHP-48シリーズへプログラムやデータを送信するには、HP-41シリーズ側に赤外線インタフェースモジュールであるHP 82242Aを装着、本カードを装着したHP-48シリーズの赤外線インタフェースと1インチ(2.5cm)間隔で正確に対向させ、HP-41シリーズ側で「プログラムの印刷」コマンドを実行後、HP-48シリーズ側で「プログラムの捕捉(キャプチャ)」コマンドを実行する。

なお、このカードはあくまでHP-41CVエミュレータなので、「HP-41シリーズのプログラムをHP-48シリーズで実行する」ことはできても、「HP-41シリーズの文法やフォーマットで作成されたプログラムやデータを、HP-48シリーズで採用したRPL文法に変換して保存する」ことはできない。HP-48シリーズに転送したHP-41のプログラムはHP-48シリーズのプログラムエディタで編集できるが、その際のプログラムソースの文法はHP-41シリーズのそれに則らねばならない。

が、その目的は失敗。そして…

これは実に惜しい。HPが自社の事情からHP-41シリーズのユーザにHP-48シリーズへの移行を勧めざるを得ず、また、HP自身もHP-41シリーズが人気であることを重々承知しているからこそ、このカードを発売し、「HP-48へのアップグレードバスを提供します」とまで謳ったのだが、このカードが提供する機能が「HP-41シリーズからの後方互換性」だけで「HP-41シリーズの文法で作成されたプログラムやデータを、HP-48シリーズで採用したRPL文法に変換して保存する」コンバート機能が無かったのは、HPの電卓事業の致命的な失策の1つ[2]だろう。もしこのカードにRPLへのコンバート機能があれば、99ドルという高値でも飛ぶように売れ、HP-48シリーズへの移行は速やかに進み、それによりHP-48シリーズの製品寿命も長くなり、2001年末にHPが電卓事業を閉鎖することも無かったのではなかろうか。

11年5ヶ月もの長期に渡り販売し続けられたHP-41シリーズは、本拠であるアメリカ本国に限ったとてユーザの裾野は広大で、授業や宿題で中高生が使うのに始まり、エンジニアや科学者が業務や研究で常用し、果てはアメリカ空軍が制式採用し空中給油を手助けしている。これに日本を含む海外のユーザ勢が加わると、最早その裾野の端がどこなのか見当もつかない。このような状況で、HPが自社の事情により、HP-41シリーズでユーザが構築したシステムをHP-48シリーズへ移行させたいなら、それこそ「全自動でプログラムをRPL文法に置換する機能」ぐらいは無償でユーザに提供しなければならなかったのだが、無駄に強固なRPN電卓ユーザコミュニティに甘えたのか、RPN電卓ユーザであれば諸手を挙げてRPLを受け容れると考えたのか、そのような機能は提供されず、「ユーザが自分が書いたプログラムを手作業でRPLに置換する」以外に移行手段が無かった。

人間は本質的に怠惰である。ましてや、己に相当なメリットが無い限り、正常に動いているものを積極的に壊そうなどとは考えない。当然の帰結として、HP-41シリーズのユーザがHP-48シリーズへ移行することはなく、この目論見は失敗した。「HP-48シリーズを新規に購入したものの、それでHP-41シリーズを置き換えることはせず、HP-41シリーズの使用を継続する」ユーザが続出した[3]のだ。すべてはHP-28Sで述べた「『関数電卓でのRPL』と『入力方式としての階層化メニュー』の煩わしさ」が原因である。これはeBayをはじめとするオークションサイトでのHP-41シリーズとHP-48シリーズの出品量や値付けを比較しても一目瞭然で、物量も多く高値で取引されているのはHP-41シリーズだ。件のRPN電卓マニアは職歴35年のベテランソフトウェアエンジニアで、管理人と同様「HP-41CXこそ地球上で最強のRPN電卓だ」という考えの持ち主だが、彼は「故障したHP-41シリーズの周辺機器を修理して生き返らせるのが趣味」で、それらをeBayで販売することが小遣い稼ぎどころか副業として成立しているのだ。1979年7月に初代であるHP-41Cが発売され、かれこれ45年が経とうとしているにもかかわらず、HP-41シリーズの中古品市場がそれほど大規模で活況を呈している現状を、現在のHPはどう捉えているのだろうか。

言い替えれば、HPが、自身が産み出した化け物であるHP-41シリーズを綺麗に終息させぬまま、半ば強引に、鳴り物入りでHP-48シリーズを市場に投入したことが、その後のHPの電卓事業の命運を決めたのでは…このカードを使うと、そんな考えが頭を過る。面白いカードではあるが、実に惜しい。

脚注

  1. ただ、HP-48シリーズで最もハードウェアがロースペックとなるHP-48SXで使用しても、キーインした内容を零すことがないのは、せめてもの救いではある。
  2. それ以外の失策に「RPLと階層化メニューの採用」があると愚考している。詳しくはHP-28S/HP-48SX/HP-48GX/WP 34Sを参照されたい。
  3. 少数ながらHP-48シリーズに移行したHP-41ユーザは居たようだが、管理人の周辺では出会ったことがない。また、「RPN関数電卓の初体験がHP-48シリーズ」というユーザもそれなりに居るようだが、彼ら彼女らはHP-41シリーズの使い易さや充実した周辺機器の存在を知らないため、移行もなにもなく、そのままHP-48シリーズを受け容れて使用することになる。ひょっとすると後者のほうが幸せなのかもしれないが、HP-48シリーズを含む、RPLで実装されたRPN電卓は、RPNの本質と著しく乖離しているため、「RPNを誤解してやしないか?」と要らぬ心配をしてしまう。