HP-91

提供:Memorandum

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1976年3月1日〜1979年1月1日に販売された、HPでは初の、充電池で駆動できるプリンタ付き机上設置型の科学・数学向けRPN関数電卓。HP-46の純然たる後継にあたり、プリンタを機械式からサーマルプリンタに置き換えた機種である。ROMとRAMは第二世代にあたるWoodstockシリーズ向けに開発されたアーキテクチャを流用することで大幅なコストダウンを実現した。コードネームはFelixである。

実装された関数はHP-45/HP-46と同じだが、購入者からの意見を踏まえ、関数としては時分秒の加減算   、線形回帰  と推定  が、機能としてはユーザ用レジスタを6個(R•0〜R•5)[1]、全レジスタ(R0〜R9とR•0〜R•5)のクリア  、レジスタ(R0〜R9)のクリア  、レジスタ(R•0〜R•5)のクリア  、数値表示に所謂ENGモードを追加実装している。

机上設置型で唯一、プログラミング機能が未実装

本機(と兄弟機種で金融・財務向けのプリンタ付き机上設置型RPN関数電卓であるHP-92)は、HPの机上設置型RPN関数電卓で唯一、プログラミング機能が実装されていない。それ以前に販売していた机上設置型はもちろん、本機発売の2年前には可搬型であるHP-65にプログラミング機能を実装して好評を博したにもかかわらず、本機に無いということは、「敢えて省いた」と捉えるべきだろう。その明確な理由は不明だが、管理人は「本機がHP-46の純然たる後継機種だから」と推測している。HP-46は純正オプションを購入しないと7セグLEDによる数値の表示ができないうえ、印字中はもちろん待機中も常に活字ドラムがモータで回転しているため大きな音を発する機械式プリンタが不評だったのだろうか。「プログラミングは不要だがプリンタ付きのRPN関数電卓が欲しい」というユーザ層が購入するHP-46の需要を本機で満たそうとしたようだ。

尤も、本機はあまり売れなかったようで、発売当初は定価を500ドル(約150,000円)に設定したものの、しばらくすると15%引きの425ドル(約117,000円)に、最終的には35%引きの325ドル(約63,700円)まで値下げされ、製品寿命もHP製関数電卓では異常に短い1年10ヶ月で迎えている[2]。その理由は、HP-35を皮切りにHP自身が作り出した「関数電卓=可搬型」という市場動向もあって机上設置型の需要が漸減傾向だったこともあるが、そんなことよりも、本機を発売した僅か4ヶ月後の1976年7月1日に、プログラミング可能でより高性能なHP-67/HP-97を発売したことが大きい。特に、HP-67の定価を本機より50ドル安い450ドル(約132,750円)に設定したのは「何かの間違いではないか?」と今でも思う。翌1977年にようやくパーソナルコンピュータなるものがApple IIとして形になりつつあったものの、その定価は最小構成でも1,298ドル(約354,000円)という高嶺の花だったこの当時、科学者やエンジニアが近似値求解のために購入する関数電卓に実装されていて欲しい機能の優先度としてプリンタとプログラミングを比較すると、どうしてもプリンタの優先度は下がるからだ。即ち、1976年時点で既に、HP製のRPN関数電卓を求めるようなハイブロウな購入層には「プログラミング機能が必須」という思考が根付いていた証拠のひとつとして挙がるほど、本機の売行きは悪かったのだ。HP-67/HP-97が終売までの約5年半/約8年半、値下げせず定価を維持できたほど売行きが好調だったという事実も含め、このあたりの市場動向を当時のHPのマーケティング部門が読み誤ったと断じて良かろう。その後、HP製RPN関数電卓のプログラミング機能は、HP-67/HP-97での実装を基礎とし、ちょうど3年後の1979年7月1日に発売したHP-41CをはじめとするHP-41シリーズで大幅に発展・改良、大好評を以て受け容れられたことで購入者が増え、その副次的効果としてユーザコミュニティによるアプリケーションパックや周辺機器が同人製品として続々と市場に投入、それが呼び水となって更なる購入者を獲得して裾野が広がり…という好循環が、HP-41CXの終売となった1990年11月1日まで11年5ヶ月続く絶頂期を迎えることになる。

先述の理由により、本機がeBayをはじめとするオークションサイトへ出品されるのは非常に稀で、少ないながらもコンスタントに出品されるHP-97とは雲泥の差がある。出品されたとしても、サーマルプリンタは〝故障してるのが当たり前〟[3]なので、購入後に、RPN電卓マニアが売っている部品[4]を購入し自分で修理するか、有償で請け負うRPN電卓マニアに修理を依頼するかしないと、サーマルプリンタは使えないと考えるべきである。管理人はサーマルプリンタ修理済の2台を所有している。

サーマルプリンタに装填できる純正感熱ロール紙(HP 9270-0513)は既に製造停止となっているものの、〝幅2インチ¼=57.15mm〟〝直径45mm〟を満たす市販の感熱ロール紙であれば転用できる。管理人が調べる限り、三栄電機製プリンタSM1-21の専用補充品であるP-57-45Aが、幅はまったく同じ、直径はほぼ同じなので、使用している。

スタック 3+1段
プロセッサクロック周波数 180kHz (Woodstock)
使用電池 HP 82033A (4.8V 750mAh 充電池:中身はSC(Sub-C)形Ni-Cd充電池×4個直列)
製造期間 1976年〜1978年
製造国 アメリカ → シンガポール、ブラジル
1976年発売当時の定価 500ドル (約150,000円)

脚注

  1. 添え字の数字の前にビュレットを配したこの表記法は附属マニュアルに従った。増設された6個のレジスタ(R•0〜R•5)への数値の記憶手順が    〜  だからである。即ち、それまであった10個のレジスタ(R0〜R9)への数値の記憶手順は   〜  である。
  2. 製品寿命が1年9ヶ月だった機種としては、本機と同様、発売直後から販売不振で値下げを繰り返したHP-10も挙がるが、HP-10は四則演算のみの加算器方式電卓であるためHPの電卓の歴史でも例外扱いされており、HP製電卓の本分たる高級関数電卓にカテゴリを絞ると、本機の製品寿命が史上2番目に短い。最短はHP-10Cの1年6ヶ月である。
  3. 「ずっと同じ行に印字し続ける」「排紙ボタンを押下しても排紙できない」「新しい感熱ロール紙が装填できない」症状を指す。原因は、LF(ラインフィード)命令を受けて感熱ロール紙をプリンタヘッドまで1行毎繰り出す「紙送り機構」に組み込まれているプラスティック製の遊び歯車の歯が、1巻80フィートのHP純正感熱ロール紙を2〜3巻印刷する程度の負荷で疲労折損するため。これにより紙送り機構が空転し、冒頭の症状を現す。ハッキリ言えば、この歯車の「素材の強度」と「回転数」と「回転トルク」の組み合わせが致命的に不適合であることを見抜けなかった、HPメカトロニクス設計陣のミスである。
  4. 故障原因が「代替品を容易に製造できない半導体などの電子部品」ではなく「比較的容易かつ安価に製造できる歯車1枚」であることに気付いたマニアが、どうしても恢復させたい一心で、強度に優れたアルミや真鍮で代替となる歯車を製造、DIYで交換すれば恢復することが確認できたため、交換手順を無償で公開し、希望者には代替となる歯車を有償で頒布することで、(マニアの視点では)この故障は駆逐された。HPによる修理対応がとっくの昔に終了していることを理由にマニアの執念が起こさせた行動だが、素材をプラスティックからアルミや真鍮に代えたことで、もし現在でもHPが修理対応していたとしても、マニアによる修理のほうが製品寿命が延びるという珍奇な状況を呈するに至り、管理人を含む世界中のマニアは歓喜している。
    ちなみにこのサーマルプリンタモジュール、プリンタ内蔵機種ではHP-92HP-97、周辺機器ではHP-41シリーズ用有線接続式サーマルプリンタのHP 82143AHP 82162Aにも流用されており、これらでもまったく同じ故障が発生する。