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Nut/Saturnプロセッサファミリ

提供: Memorandum
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HP9100A/Bを含む当初はトランジスタとダイオードによるディスクリートで、その後は汎用IC→専用ICで、数値演算プロセッサを開発・製造していたHPも、1971年、ビジコン株式会社[1]からの依頼で電卓向けにIntelと共同開発したIntel 4004をはじめとするIntel 4000シリーズが発売されたことに触発されたからか、1970年代後半以降、電卓をはじめとする(現代でいう)組込機器向けに4ビットプロセッサをはじめとするチップセットを内部で開発・実装するようになった。即ち、HPが市場動向により製造・販売する様々な製品の間で、主たるハードウェアである演算機能や表示機能は極力共通化し、それ以外の機能はソフトウェアで制御・実装するよう、ハードウェアオリエンテッドからソフトウェアオリエンテッドへパラダイムシフトしたのだ。

もちろんこの動きは開発コストの大幅なダウンを狙ったものでもある。現代でも実状は同じだが、半導体チップを含むハードウェアの開発には膨大なコストが掛かる。それに比してソフトウェアの開発は、ある程度の基盤が揃うまでの初期にはコストが掛かるものの、ひとたび基盤が整ってしまえば、それ以降は劇的にコストが下がる[2]からだ。

序説特長で説明した通り、HP製RPN電卓は「LIFOとRPNに従い、ニブル単位で数値をスタックに積み、BCDで連綿と演算する」と定義されるが、この定義は演算ロジックとして極めて単純である。そのため、この定義をソフトウェアで実装するのは比較的平易[3]であり、HPとしては、RPN電卓で使われる主たる機能であるこの定義部分は使い回し、他社との差別化を図る機能の開発にリソースを割くことで、電卓市場での生き残りを考えたのは何ら不思議ではなく、事実、1980年代ぐらいまではそのように推移していた[4]

現代のIntel製CPUが一般でもPentiumと呼ばれているように、HPが開発したこれらチップセットはHP内部でNutのちSaturnと名付けられたため、RPN電卓マニアはNut/Saturnプロセッサファミリと呼んでいる。

Nutはもともと1979年発売開始のHP-41Cシリーズ向けに設計された4ビットマイクロプロセッサ。1981年発売開始のHP-12C、1982年発売開始のHP-15CHP-16Cに搭載されている変種(Voyagerと呼ばれる)は、Nutをより低電圧で動作するよう設計変更したものだが、それ以外の機能はNutと同一である。このアーキテクチャは、HP-25(Woodstockプロセッサファミリ)やHP-34C(Spiceプロセッサファミリ)で導入された前2世代のプロセッサを進化させたものである。

SaturnはNutの後継世代に当たるが、Nutから更に踏み込んで、BDCによる演算に特化するために、すべての動作がニブル単位に改められた。当初はHPのハンドヘルドコンピュータHP-71Bやプリンタに、電卓には1986年発売の金融・財務向けプログラム関数電卓であるHP-18Cから実装され始めた。このページで扱っている機種ではHP-28S/HP-42S/HP-48SX/HP-48GXが該当する。Intel 4004とは異なり、通常であれば別のICで実装するROM/RAM/LCDドライバ/有線による非同期送受信機能(UART:Universal Asynchronous Receiver/Transmitter)/赤外線による送受信機能(IR:infrared)を内蔵することでワンチップで製品化できるように配慮されたものもある。これらの機能差は、半導体製造プロセスの高度化と製造コストの下落をバランスしながら付加されていった。

Nut/Saturnプロセッサファミリはあまり外販されておらず、その殆どがHP内部向けに開発・製造され、HPの製品のみに実装されたため、全体像が詳らかになってないが、世の中には同好の士が居るもので、ここここにまとめられている。下表では、これらのページで扱っていて、かつ、管理人が所有する機種と世代に絞って集約・抜粋する。その際、HPの修理技術者が使用するサービスマニュアルにチップのPart numberが記載されているため、それも参照している。尤も、下表には汎用ICも含まれているのだが。


HP Calculator Chips
Part number Model name Descriptions Notes
00048-80063 HP-48GX Saturn Yorke processor, 131x64 dot matrix Display Driver, Memory Controller, UART, Infrared Interface Manufactured by NEC, D3004GD
1820-6519 HP 82240B Infrared interface printer microcontroller Manufactured by OKI, M80C50-253
1826-0180 HP 82143A NE555 Timer Manufactured by Signetics, general purpose IC
1826-0322 HP 82104A Card Reader sense amplifier
1826-0953 HP-41CX Bipolar power supply
5061-7285 HP 5061-7285 HP-41 Advantage ROM version A
5061-7292 HP 5061-7285 HP-41 Advantage ROM version B
1LA2-0001 HP 82104A CRC
1LA7-0001 HP-41CX 56bit*16regs. RAM (Data Storage 0: status registers 000-00F)
1LB4 HP 82143A NPIC Interface Chip (for 41C series)
1LB7-0030 HP 82104A Card Reader ROM
1LB7-0050 HP 82104A Card Reader ROM
1LE2-0308 HP-12C 56bit*40regs. RAM, 6K*10 ROM, Display Driver ("R2D2")
1LE2-0321 HP-15C 56bit*40regs. RAM, 6K*10 ROM, Display Driver ("R2D2")
1LE2-0322 HP-16C 56bit*40regs. RAM, 6K*10 ROM, Display Driver ("R2D2")
1LE7-0001 HP-41CX 56bit*64regs. RAM (Data Storage 1: User RAM regs. R00-R63) replaced by 1LH5-0001
1LE7-0002 HP-41CX 56bit*64regs. RAM (Data Storage 2: User RAM regs. R64-R127) replaced by 1LH5-0002
1LE7-0003 HP-41CX 56bit*64regs. RAM (Data Storage 3: User RAM regs. R128-R191) replaced by 1LH5-0003
1LE7-0004 HP-41CX 56bit*64regs. RAM (Data Storage 4: User RAM regs. R192-R255) replaced by 1LH5-0004
1LE7-0005 HP-41CX 56bit*64regs. RAM (Data Storage 5: User RAM regs. R256-R319) replaced by 1LH5-0005
1LE7-0006 HP-41CX 56bit*64regs. RAM (Data Storage 6: Extended Memory regs. 000-063) replaced by 1LH5-0006
1LE7-0007 HP-41CX 56bit*64regs. RAM (Data Storage 7: Extended Memory regs. 064-127) replaced by 1LH5-0007
1LF5-0002 HP-41CX Nut processor (replaces 1LA5-0001, using HP-41C and HP-41CV)
1LF5-0003 HP-41CX Halfnut processor surface mount version of 1LF5-0002
1LF5-0301 HP-12C, HP-15C, HP-16C Nut Voyager processor replaced by 1LM2-0001
1LF6-0001 HP-41CX Timer (Phineas)
1LG9-0008 HP-41CX ROM 0 (120KB)
1LG9-0011 HP-41CX ROM 1 (120KB)
1LH1-0302 HP-15C RAM, ROM R2D2 with display driver not bonded out (used only as memory expansion)
1LH1-0304 HP-12C 56bit*40regs. RAM, 6K*10 ROM, Display Driver ("R2D2")
1LH1-0306 HP-15C 56bit*40regs. RAM, 6K*10 ROM, Display Driver ("R2D2")
1LH5-0001 HP-41CX 56bit*64regs. RAM (Data Storage 1: User RAM regs. R00-R63) replaces 1LE7-0001
1LH5-0002 HP-41CX 56bit*64regs. RAM (Data Storage 2: User RAM regs. R64-R127) replaces 1LE7-0002
1LH5-0003 HP-41CX 56bit*64regs. RAM (Data Storage 3: User RAM regs. R128-R191) replaces 1LE7-0003
1LH5-0004 HP-41CX 56bit*64regs. RAM (Data Storage 4: User RAM regs. R192-R255) replaces 1LE7-0004
1LH5-0005 HP-41CX 56bit*64regs. RAM (Data Storage 5: User RAM regs. R256-R319) replaces 1LE7-0005
1LH5-0006 HP-41CX 56bit*64regs. RAM (Data Storage 6: Extended Memory regs. 000-063) replaces 1LE7-0006
1LH5-0007 HP-41CX 56bit*64regs. RAM (Data Storage 7: Extended Memory regs. 064-127) replaces 1LE7-0007
1LM2-0001 HP-12C, HP-15C, HP-16C Nut Voyager processor replaces 1LF5-0301
1LR2 HP-42S Saturn Lewis processor, 64KB ROM, Display Driver, Memory Controller, Infrared Interface
1LT8 HP-48SX Saturn Clarke processor, 131x64 dot matrix Display Driver, Memory Controller, UART, Infrared Interface


脚注

  1. 電卓という製品に触れる際には外せない日本企業で〝電卓業界の風雲児〟である。日本で初めて電卓に磁気コアメモリを載せたり、世界で初めてMOS LSIによるワンチップ電卓を開発・販売したりと、業界内での評価は高く、その進取の気性はやがて世界初のマイクロプロセッサであるIntel 4004を開発させるに至り、結果として、一介のメモリチップベンチャー企業に過ぎなかったIntelを世界一のCPUベンダに押し上げはしたものの、あまりに苛烈だった電卓戦争を生き抜くことはできず、Intel 4004の開発から3年後、電卓戦争が産んだ化け物であるカシオミニの定価が1万円を割った1974年に倒産の憂き目に遭うというその社史は、まさに禍福は糾える縄の如し。ビジコン社だけで本が1冊書けるほど波瀾万丈だが、翻れば、この業界は一寸先に何があるか判らないものだと自省することしきりである。
  2. そして、ある程度の基盤が揃った現在、様々なメーカから発売されている関数電卓の演算結果を仔細に検討すると、三角関数/自然対数/常用対数といった基本的な関数を演算させるソフトウェアは、外部の同じ会社から購入して実装していると推定されている。即ち、各メーカがフルクスラッチでこれら基本的な関数を演算させるソフトウェアを書くことは無く、既製品を購入して実装後、それを利用する形で各メーカ独自の機能を作り込むことで、開発期間の大幅短縮に寄与している。逆に言えば、ハードウェア選定で下手を打たない限り、三角関数/自然対数/常用対数といった単純な関数のみを実装した関数電卓であれば、凡百の四畳半メーカでも超低コストで製造・販売できることになる。管理人は現物を確認したことは無いが、中国では関数電卓が1ドルで購入できるようだ。
  3. 少なくとも日本では、コンピュータ言語を学ぶ初心者向けのプログラミング課題として出される程度には単純だと見做されており、情報処理技術者試験でも毎年のように試験問題として頻出するほどにポピュラーである。
  4. アメリカの電卓市場は、当初は日本からの輸出品が大勢を占めたものの、やがては地場の大手メーカであるHPとTI(テキサス・インスツルメンツ)が市場を二分した。HPとTIが鎬を削っていた当初はHPが優勢で、それは1980年代まで続いていた。これを引っくり返すためTIは、中学生の数学教育から関数電卓を使うアメリカ市場を見据え、参入当初から教育現場に焦点を絞った製品を多数投入。「電卓=TI」と刷り込まれた学生が独立し働き始め電卓を使い続けるであろう頃に、同じ販売価格帯で比較してハードウェアもソフトウェアもHPより高性能な関数電卓を市場に投入することで、HPから徐々に市場シェアを奪う…という作戦が結実し、現在のアメリカの電卓市場はTIがほぼ独占している。残りはHP-12Cを使う金融マンと、カシオの高機能グラフ関数電卓を使うマニアックな学生だ。
    ちなみに、電卓市場をTIがほぼ独占しているのはアメリカだけの特異な事情で、日本を含むそれ以外の国ではカシオが1位である。それ故、全世界での販売金額でもカシオが1位だが、TIが3位であることを考えると、アメリカの数学教育市場の広大さが窺えると共に、一旦はHPを電卓市場から撤退させるまで追い込んだ、TIによる電卓市場攻略の巧さに感服する。なお、2位はシャープ、4位はキヤノン、HPは5位である。(2017年統計)