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HP-42S

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1988年10月31日〜1995年5月1日に販売された科学・数学向け上級グラフィックプログラム関数電卓。コードネームはDavinci (レオナルド・ダ・ヴィンチ)。管理人が所有するのはシンガポール製。

プログラム形式を、HP-41CXで追加実装した関数以外の、HP-41CHP-41CVに実装した関数とフォーマットに完全互換させ、HP-41シリーズ向けに開発されたプログラム(ソースコード)をそのまま移植できることを売りにしているため、本機はHP-41シリーズの正当な後継機と見做すべきなのだが、その中身は「RPLを採用してないHP-28S」である。

宿痾と化した「階層化メニュー」

販売開始日からHP-28Sと同時並行で開発が進められていたことが想像され、実装された関数や機能もHP-28C/HP-28Sと酷似している。本来の意味の関数電卓に加え、複素数/ベクトル/行列/統計も演算でき、ルートソルバや数値積分、HEX/DEC/OCT/BINの数値で基数変換/整数演算/ビット演算を実装[1]し、22桁2行の英数字とグラフが描画できる[2]131×16画素のドットマトリクス液晶ディスプレイと赤外線プリンタと接続するための赤外線インタフェースを備え、ユーザインタフェースが階層化メニュー形式であることも含め同じである。異なるのは、プログラムを保存できるユーザメモリが7.2kBに切り下げられたこと、ドットマトリクス液晶ディスプレイの大きさ(行数)が半分になったこと、HP-41シリーズと後方互換性を持たせるためにRPLを採用してないこと(したがってスタック段数は従来機種と同じ3+1段)、HP-41シリーズでは別売のアプリケーションパックを装着しないと使用できなかった関数を含め内蔵関数が600以上まで拡大されたことぐらいである。

物理キーが存在しない内蔵関数や機能は階層化メニューを辿って入力するは百歩譲って仕方無いとして、アルファベットの入力をも階層化メニューに押し込んだのはどういう了見なのだろうか。物理キーは37個あるもののシフトキーが  のみ1段であることも相俟って、階層化メニューの悪辣さで言えばHP-28C/HP-28Sより本機のほうが上だ。HP-28Sでも例示した 69! を演算するには、本機の階乗関数は確率 PROB メニューの下にある[3]ので 6 9  PROB  N!  となる。プログラミングでアルファベットを入力する場合は更に酷く、例えばAを入力するには  ALPHA ABCDE  A  となる。アルファベット1文字入力するのに最長で4ステップ…いくらプログラム形式がHP-41シリーズと後方互換していてもこのユーザインタフェースでは、HP-41シリーズ向けのソースコードを本機に移植する作業は苦行以外の何物でもない。先述した通り、本機には物理キーが37個あるのだから、HP-41シリーズと同様、1物理キーに1アルファベットを割り当てた「アルファベット入力モード」を作れただろうに。

この「アルファベットの入力をも階層化メニューで行う」仕様が致命傷となり、本機の階層化メニューは宿痾と化した。HP-41シリーズでのアルファベット入力の軽快さを知っている管理人はこの仕様に心が折れ、本機でのプログラミングは早々に諦めた。せめてもの救いは、関数電卓では使用頻度が高い三角関数 SIN COS TAN 、常用対数 LOG 、自然対数 LN 、逆数 1x 、開平 x には物理キーが設けられたためHP-28C/HP-28Sのように「数値解析プログラミング専用機」とはならず、ユーザの手許に転がっている直近の諸問題について真値や近似値をお手軽に求解できることだが、これは関数電卓の基本であり、HP-28C/HP-28Sと比較すること自体がオカシイのだと捉えなければならない。それだけHP-28C/HP-28Sの異常さが際立つ。

なお、HP-41シリーズと較べてプロセッサクロック周波数が2.5倍もクロックアップされたにもかかわらず、使用するバッテリがHP-10Cシリーズと同等の低容量に切り下げられた[4]ため、本機を常用すると高頻度にバッテリを交換する[5]羽目に陥る。

一般人には人気らしいが…?

あまりのHP-28C/HP-28Sの不人気振りに、1990年3月16日にHP-48SXが発売されるまでの1年半、本機はHP製RPN関数電卓のラインナップで事実上の最上位機種に位置付けられた。HP-41シリーズHP-15Cの大多数とHP-16Cの一部の機能や関数が本機に実装できたことで、それまでのラインナップにあった各機種のほぼ全ての機能が本機に収斂し、かつ、それらよりも販売価格が大幅に下がったからだ。そういう意味で本機は、〝一般ユーザ向け〟RPN関数電卓の、ひとつの頂点であろう。実際、本機は比較的良く売れたようで、製造期間は6年半に渡り、Windows/Mac/Linux/Android/iOS向けエミュレータが存在する程度の人気は現在も保っている。eBayをはじめとする中古市場やオークションサイトにも出品され、入手性は良くもないが悪くもなく、状態が良ければ[6]落札価格や値付けもそれなりに高い。

が、HP製関数電卓の歴史が事実上終焉した今となって俯瞰すると、この期間はHPの関数電卓事業がどん底だったと管理人は考える。「初めて触れたHP製RPN電卓が本機だ」というユーザであれば「まぁ…こんなもんかな」と刷り込まれるかもしれないが、古参のHP製RPN電卓ユーザ、特にプログラミングも多用するHP-41シリーズユーザともなると、階層化メニューの悪辣さと拡張性の無さから、本機に魅力を感じることは無い。演算精度と純正プリンタで印刷できるグラフの粒度は良い[7]ものの、それ以外は煮ても焼いても食えない代物だと即気付くからだ。先述した通り、本機はHP-41シリーズの直接の後継機として開発したため、HP-41シリーズをリファレンスとしつつ、これを凌駕することを目指したはずだが、結局はHP-41シリーズを越えられなかったことになる。1990年11月1日までは、併売されていたHP-41CXが相変らず売れ続けたことが何よりの証左だろう。「HPは電卓修理サービスを止めてしまったので、今使っているHP-41シリーズが壊れたら修理できない。ならば、終売する前に予備機としてHP-41CXを買っておこう」という動きすらあったようだ。

即ち、HPは、HP-41シリーズをはじめとする既存のユーザを、次世代プロセッサたるSaturnを採用した新しいプラットフォームである本機やHP-28C/HP-28Sへ積極的に移行させたかったのだが、それを動かすOSやソフトウェアのユーザインタフェースやハードウェアの拡張性に関する判断を悉く誤り、すべての面で既存のユーザの要望とは正反対の方向へ走ってしまったことで、その目論見が潰れたのだ。HP-28Sで詳述した惨劇と同様「エンジニアリングとマーケティングの自己満足による敗北」と言って良かろう。この感想は歴代のHP製RPN関数電卓を使用してきたマニアやヘヴィユーザが異口同音に述べたようで、他者にRPN関数電卓を知らしめるとき本機を推す者は居ない。

この状況を察知したHPは、次のHP-48シリーズでRPN関数電卓最後の大花火を打ち上げる。その端をきったのがHP-48SXである。

tan355226 [rad]=7497089.06508 (εR=2.26×105)

(ln884736744π)2=43.0000000000

スタック 3+1段
プロセッサクロック周波数 1MHz (Lewis 1LR2)
使用電池 LR44×3個
製造期間 1988年〜1995年
製造国 アメリカ → シンガポール → ブラジル → インドネシア
1988年発売時の定価 120ドル (約15,400円)

脚注

  1. HP-16Cと異なり、演算させるには基数を揃える必要がある。
  2. HP-28C/HP-28SHP-48SX/HP-48GXを含むHP-48シリーズと異なり「グラフ機能」がアプリケーション化されてないため、本機でグラフを描くには、ドットマトリクス液晶ディスプレイの x,y 座標を指定して1画素を点描する PIXEL 命令や、文字コードで指定した縦8画素を選択しつつ点描する AGRAPH 命令を駆使した、その数式専用のプログラムを書く必要がある。本機附属マニュアルにはプログラム例として、ドットマトリクス液晶ディスプレイにグラフを描く"DPLOT"のソースコードが154ページに、赤外線接続式サーマルプリンタHP 82240A/HP 82240Bにグラフを印刷する"PLOT"のソースコードが158ページに、それぞれ記載されている。なお、マニュアルに記載されている"DPLOT"は234バイト、"PLOT"は337バイトのユーザメモリを消費する。本機のユーザメモリは7,200バイト超あるため、相当込み入った数式を描画させてもメモリ不足にはならないと思われる。
  3. なぜ階乗関数のカテゴライズがHP-28C/HP-28Sでの実数関数 REAL メニューから変更されたかは不明である。尤も、管理人が学んだ頃の高校数学では「確率・統計」順列組合せで階乗 n! が初出するので、本機のように確率 PROB メニューの下にあるほうが自然とも思える。実数関数としては大学数学の代数学や解析学で出て来るものの、工学部出身で確率過程論を駆使していたためか、代数学や解析学に馴染が無いというのが正直な感想である。当然、理学部(特に数学科)なら話は別だろう。
  4. HP-10Cシリーズはプロセッサの待機電流が10nA程度であることやプロセッサクロック周波数が220kHzと低いことも相俟って消費電力が0.25mW程度に収まり〝前回交換した時期を忘れる〟ほど長寿命となる
  5. 本機のバッテリ残量監視は閾値が微妙な設定だ。四則演算や内蔵関数による演算・プログラムの作成は可能だが、プログラムの実行・赤外線インタフェース経由でのプリンタへの印刷など消費電力が大きい動作は不可能、という程度のバッテリ残量では、本機はバッテリ残量不足を警告する電池アイコン🔋を表示しない。「電卓の本分は『電卓だけで完結する演算』だろ!」と言わんばかりの閾値設定である。管理人が初めてこの事象に遭遇したとき、当初は本機やプリンタの故障を疑ったが、本機のバッテリを新品へ交換すると復旧、それまで使用していたバッテリへ戻すと同じ事象が再発したため、本機のバッテリ(の残量監視の閾値)の問題であると切り分けられた。本機で「プログラムを作成することはできる(ソースコードを入力し保存することはできる)が、これを実行することはできない」事象が発生した場合は、バッテリを新品に交換してみることを推奨する。
  6. 本機を含む熱溶着封止ケースから採用された、上側ケース表面に貼られる「物理キーを説明するアルミニウム製シールプレート」と「それへの印刷品質」があまり良くないようで、ちょっと使い込むだけで文字やインクが剥げる。加えて、シールプレートの四隅や押下回数が多い電源キー ON やシフトキー  周辺など、通常使用中によく擦れる箇所は、剥げると同時に罅割れも発生し皺が寄る。しかし、上側ケースと一体成形された物理キー上面の文字は、特長で記した通り印刷ではなく象嵌なので、長期間使用しても剥げたりせず新品同様である。その結果、本機の中古品は「キー表面は新品同様なのにキー周辺は罅割れて剥げる」という、俯瞰すると違和感を覚える外観となり見窄らしく映る。この美的感覚は世界共通のようで、本機の中古品取引相場は(完動品であれば)シールプレートの美醜で全てが決まる。未使用・未開封なデッドストックはもちろん、中古品でもシールプレートに傷ひとつ無い美品は500ドル以上の値付けとなるが、剥げた面積と値付けは反比例し、罅割れがあると買い手はほぼつかない。
  7. HP-41シリーズHP 82143AまたはHP 82242Aのセットで曲線を表現すると、印刷ヘッドがキャラクタ単位(通常は*+を使用する)でしか移動しないため、印刷した曲線には滑らかさもなにもあったものではないが、本機やHP-28Sでのグラフの印刷は「ドットマトリクス液晶に出力した画面をそのままハードコピーする」動作なので当たり前である。尤も、HP-41シリーズPPC ROMを装着し、HAルーチン(HIGH RESOLUTION HISTOGRAM WITH AXIS)やHSルーチン(HIGH RESOLUTION HISTOGRAM)やHPルーチン(HIGH RESOLUTION PLOT)を使用して曲線を印刷すると、ドットマトリクス液晶画面のハードコピーと同等の出力が可能なので、本機/HP-28C/HP-28Sの優位性は「マイクロプロセッサの性能向上による演算精度だけ」という身も蓋もないことになる。この意味でもHP-41シリーズPPC ROMは必須である。