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「HP-25」の版間の差分

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(相違点なし)

2025年5月5日 (月) 09:56時点における最新版

1975年8月1日〜1978年5月1日に販売された科学・数学向けRPN関数電卓。第一世代であるHP-35の後継となる第二世代のHP-21の上位機種にあたり、HP製RPN電卓としては8機種目である。コードネームはSquash (南瓜)。第二世代はWoodstockシリーズとも呼ばれている[1]が、本機はWoodstockシリーズ初のプログラマブル関数電卓[2]である。管理人は『ポケット電卓による計算解析 −HP 25による−』という書籍の存在を知り、本書の美品が購入できたため、本機を購入している。

HP-35から3年経過した間に進歩したMOS LSI技術[3]を貪欲に取り入れることで、HP-35ではそれぞれ独立した半導体として実装した演算回路(A&R)・制御回路(C&T)・二相クロックドライバの3個を1チップに収めたマイクロプロセッサであるACT(Arithmetic, Control and Timing)をHP-21と本機向けに新規開発・実装し、HP-35と比較して1台あたり200ドルにも及ぶ大幅な価格低減に成功している。スタックは3+1段で変わらず、ACTは10進数だけではなく16進数でも演算できるよう拡張され、12ビットアドレス空間(最大4,096命令)、再帰命令、ユーザが自由に使用できる8個のユーザレジスタ(1レジスタは56ビット)、16個のフラグ、2レベルのリターンアドレス、4ビットレジスタを実装しており、内部ではHP-35と同じ14桁BCDで演算しているが、筐体をポケットサイズに収めることと消費電力を抑えるために、演算結果は7セグメント赤色LEDが10桁分しか無い。演算結果の比較から、本機に実装された演算アルゴリズムを含むソフトウェアはHP-35と同じと推定される[4]ものの、プロセッサクロック周波数が20kHz切り下げられ180kHzにされたため演算速度がHP-35より遅いのを体感できる。ユーザによる最大49ステップのプログラムを実行できるが、スタックとプログラムを格納するRAMは揮発性で、入力したプログラムを外部に出力する手段も用意されていないため、電源をOFFするとスタックの内容とプログラムは消失する[5]。本機の附属マニュアルは非常に充実しており、120ページ4色刷りのOwner's Manual、Quick References Guide、161ページのProgram Bookの3部構成。プログラムフォームのサンプルシートも含まれている。

自爆する電卓 - Roasted chip

HP-35の好評を受けて設計・開発された第二世代たるWoodstockシリーズだが、残念ながら、ハードウェアに致命的な欠陥が存在する。それは消耗品である純正充電池(HP 82019A/B)が、整流回路で必須の回路素子(基準電圧源)として組み込まれることを前提にした設計になっているというものだ。

現在市販されているACアダプタは、内蔵する降圧用交流トランスで商用交流電力から受電した交流電力を降圧後、整流回路で直流化して外部に直流電力を供給するのが一般的だが、本機を含むWoodstockシリーズの純正ACアダプタ(HP 82026A)は、交流120V/240Vの複電圧に対応した降圧用交流トランスしか内蔵しておらず、したがって、外部には交流電圧10V程度[6]の交流電力を供給する。これによりWoodstockシリーズでは、HP 82026Aから受電した交流電力を本体に内蔵した整流回路で直流化し、基板上のMOS LSIやICやLEDなど各ハードウェアに供給しつつ、HP 82019A/Bも充電するという回路構成にならざるを得ないのだが、この整流回路の設計に大きな問題がある。

Woodstockシリーズの整流回路は、

  1. 整流用ダイオード1本で半波整流
  2. 電流制限抵抗1本に直列する形でHP 82019A/Bを充電 (充電電圧2.75V, 充電電流125mA)
  3. 電流制限抵抗とHP 82019A/Bの間から線を引き出し、DC-DCコンバータである2石ブロッキング発振回路へ直流電圧2.4Vの電力を渡す
  4. 2石ブロッキング発振回路はMOS LSIやICやLEDなど各ハードウェア所定の電圧まで昇圧し、これらへ直流電力を供給する

という構成だが、2石ブロッキング発振回路へ渡す電力の直流電圧2.4Vを規定するクランプ回路の基準電圧源として、充電中であるHP 82019A/Bの端子電圧2.4Vを利用する設計になっているのだ。

クランプ回路は、受電した電力が基準電圧源より過大な電圧であっても、基準電圧源と同じ電圧に固定クランプする機能を提供する。本機のような低電圧の整流回路では、管理人を含むアマチュアの電子回路設計者でも、基準電圧源にダイオード2本を採用する。しかし、当時のHPのハードウェア設計者は「HP 82019A/Bの実態は『2本直列した単3形Ni-Cd充電池』だ。充電されたNi-Cd充電池は1本あたりの起電力=電圧が1.2Vだから、2本直列で2.4Vになる」ことに着目、基準電圧源にHP 82019A/Bを利用することを思い付いてしまい、整流回路からダイオード2本をケチった。

これにより、本機をHP 82026Aで給電した状態で使用するときもHP 82019A/Bが取り外せなくなった。裏を返せば、HP 82019A/Bが正常に装着されてなかったり、経時劣化や容量抜けなど異常な状態であることを見逃したりと、HP 82019A/Bに少しでも不備がある状態で本機にHP 82026Aで給電すると、HP 82019A/Bが基準電圧源として機能せずクランプ回路が成立しないため、規定の直流電圧2.4Vより高圧の直流電力を2石ブロッキング発振回路へ渡すことを意味する。ブロッキング発振回路は入力電圧が高ければ昇圧後の出力電圧も高くなる回路特性なので、整流回路全体としては、MOS LSIやICやLEDの電気的仕様を超える高圧の直流電力を供給し、最終的にはそれらを焼き切ってしまう(過電圧による焼損)。

つまり、Woodstockシリーズ使用時は常に、HP 82019A/Bの装着状態や劣化状況をユーザが監視せねばならず、それを怠ると、いとも簡単に自爆する電卓なのだ。

さすがに「電源回りの回路設計が雑なので…」とは言えないからだろう、Woodstockシリーズのマニュアルは随所にWhether you operate from battery or from power supplied by the charger, the battery must always be in the calculator. (充電池で使用する場合も、充電器から電源を供給する場合も、必ず、常に、電卓に充電池を装着してください。) という定型の注意書きが繰り返され、本機マニュアル102ページでは、わざわざ下記のように目立たせて警告を発しているものの、これらの文から、整流回路がここまで粗末なことを見透すのは難しい。

CAUTION
Attempting to operate the HP-25 from the ac line with the battery pack removed may result in damage to your calculator.
(純正充電池を取り外した状態でACアダプタを接続してHP-25を使用すると、損傷する可能性があります。)

恐らくはHP 82026Aを単純にして、かつ、ダイオード2本をケチることでコストダウンを狙ったのだろうが、MOS LSIの微細化で実装するLSIの数を減らせた時点で既に200ドルもの大幅なコストダウンに成功しているので、MOS LSIと較べてかなり安価な基準電圧源ダイオード2本を削ってまで、通常使用時ですら故障が発生する整流回路を採用すべきではないのは言うまでもない。もし「ダイオード2本を実装する場所が筐体内に確保できなかった」のが削減の理由だとしたら、ここを妥協してまで筐体を小型化すること自体を止めるべきなのも同じだ。当時としては高価なRPNポケット関数電卓に、自爆したとき運悪く回路が短絡したままだと発火しかねない整流回路を採用したのか、現在でも理解不能な謎のひとつである。海外のRPN電卓マニアがRoasted chipと呼ぶこの事象は現在も世界中で多発しており、その殆どはHP 82019A/Bの経時劣化を見逃したことが原因で、ユーザが知らぬ間に致命傷を負っている。何如な当時のNi-Cd充電池でも1年未満で容量抜けが発生するような経時劣化は起きないであろうことから、発売当初に購入した本機のユーザは「HPが規定した1年間の無償修理期間を過ぎて暫くしたら突然壊れた」ように見えただろう。

このように、本機はユーザが気付かぬうちに勝手に自爆して故障することが多かったうえ、ふつうのユーザは故障した電卓を廃棄するため、発売から45年経った現在、本機は美品はおろか完動品や故障品ですら貴重品扱いである。尤も、先述した「電源OFFでスタックの内容とプログラムが消失する」仕様が嫌われ、そもそも本機は人気が無く[7]、eBayをはじめとする中古市場やオークションサイトにも殆ど出品されない[8]ため、入手性は極めて悪い。YHPによる日本国内での定価は40,000円。

なお、この自爆機能を発動させることなく現在まで生き残った数少ない本機を使用する際は、遥か昔に販売を停止したHP 82019A/Bのケース中央のプラスティックバーを慎重に切り落とし、Ni-Cd充電池から市販のアルカリ単3電池に入れ替えて使用するか、もし現在も正常なHP 82019A/Bが手許にあるとしても、絶対に本機では充電せず、HP 82019A/B専用の純正充電器(HP 82028A)で充電後に装着して使用するのがお約束である。純正充電池が手許に無い場合は純正ACアダプタによる給電で使用するしか選択肢が無いHP-35とは異なり、本機を含むWoodstockシリーズでは如何なる場合でも純正ACアダプタの使用が禁忌事項であるという珍しい状況になっている。

tan355226 [rad]=7518796.992 (εR=2.87×103)

(ln884736744π)2=42.99999997

スタック 3+1段
プロセッサクロック周波数 180kHz (Woodstock)
使用電池 HP 82019A/B (2.4V 325mAh/650mAh 充電池:中身は単3形Ni-Cd充電池×2個直列)
製造期間 1975年〜1978年
製造国 アメリカ、シンガポール、ブラジル
1975年発売当時の定価 195ドル (約59,300円)

脚注

  1. HP-35をはじめとする第一世代のチップセットには呼称が無かったらしく、便宜上、Classicシリーズと呼んでいる。なお、一連のシリーズ名称はHP電卓マニアが勝手に名付けたものなので、“解ってる”人にしか通用しない。
  2. プログラム可能なHP製ポケットRPN関数電卓としては、いずれもClassicシリーズであるHP-65HP-55に続き3機種目となる。
  3. 主に採用したのは微細化(集積度)に関する技術であり、構造はHP-35と同じpMOSであるため、実装するLSIの数は減っているものの、消費電力はそこまで下がっていない(2.5V, 500mW)。
  4. 現代の一般的な関数電卓と同様、本機には、三角関数・逆三角関数の直接演算可能な角度の単位として、度数 DEG の他に弧度 RAD とグラード(フランス度) GRD が実装されたが、敢えて度数 DEG に設定し、355226180πを乗じて度数に変換して正接 tan を演算させると、HP-35と同じ結果である-7462686.567(εR=4.61×103)を出力する。
    本文にある通り、弧度 RAD で演算させるほうが高精度な結果を出力するのは当然なのだが興味深い。電卓内部で丸めたことで誤差が発生した無理数を含む演算が多ければ多いほど、誤差を累積・伝播させることになり、その演算結果が数学的な正解からどんどん離れる様子が端的に判る。これは他のHP製RPN関数電卓はもちろん、日本製の関数電卓でも同じで、HP-41CXで度数 DEG に設定し同様の演算をさせると-7519131.170(εR=2.92×103)となり弧度 RAD での演算結果より精度が悪化することが、偶々手許にあるCasio fx-61Fでは弧度 RAD で演算させると-7497938.067(εR=9.07×105)となかなかの高精度ではあるものの、度数 DEG で演算させると-7498171.713(εR=1.22×104)と精度が1桁落ちることが、それぞれ確認できる。管理人が理系大学の学生だった30年ほど前には単独の授業科目として開講されていた『数値解析』の講義内容を、PCに処理言語をインストールしてソースコードを書いてプログラムを組んで演算させるまでもなく関数電卓1台で理解できる好例である。
  5. 本機が発売された翌1976年7月1日、この不便さを解消するため、新規に開発した低消費電力CMOSメモリとキャパシタを実装することでスタックとプログラムを格納するRAMを不揮発性にし、電源をOFFにしてもスタックの内容とプログラムを消失させないよう改良したHP-25Cを発売した。型名に追加したCは、HPでは不揮発性RAMをContinuous Memory:連続メモリと名付けたことに因む。その後、1979年〜1987年に発売した機種のうち型名にCが付与されたもの[HP-33C/HP-34C/HP-38C/HP-41C(1979年7月1日発売)、HP-41CV(1980年12月15日発売)、HP-11C/HP-12C(1981年9月1日発売)、HP-15C/HP-16C(1982年7月1日発売)、HP-10C(1982年9月2日発売)、HP-41CX(1983年10月1日発売)、HP-18C(1986年6月1日発売)、HP-28C(1987年1月5日発売)]も同じ機能が実装されていることを表す命名規則を採用していたが、1988年1月4日発売のHP-28Sで廃止された。どのメーカでも不揮発性RAMを実装するのが当たり前となり、製品の型名でわざわざ強調する意味が無くなったからである。ちなみに、HPのライバルであるTIは、同じものをConstant Memory:定常メモリと名付けている。
  6. 仕様上の出力は交流電圧10V・最大容量1.8VAだが、単なる交流トランスであることと、電力会社から各戸に引き込まれている商用交流電力の電圧が頻繁に上下することから、交流トランスの仕組み上、入力電圧が上下すれば出力電圧も上下することになり、出力交流電圧を10Vに固定できない。
  7. Woodstockシリーズでは、本機の改良版であるHP-25Cと、本機の上位機種にあたる上級プログラム関数電卓HP-29Cが人気のようだが、本文で示した致命的な欠陥により、これらも美品どころか完動品ですら貴重品で、eBayをはじめとする中古市場やオークションサイトに出品されるのも稀である。
  8. HP製RPN電卓を専門に扱っているような“解ってる”出品者であれば、Woodstockシリーズを出品する際の品物説明に「動作確認でACアダプタを使っていません」や「私はこの商品にACアダプタを接続したことがありません」といった但し書きを必ず付けて、出品者が品物を自爆させかねない操作をしてないことを宣言することで、これまた“解ってる”人は安心して入札し、あまり人気が無い本機でも完動品は比較的高価で取引されるが、リサイクル業者等の“解ってない”出品者から、動作確認作業の内容やこの種の但し書きが無く出品された品物は、その動作確認作業が原因で自爆している可能性が高いため、“解ってる”人は入札を控える。
    管理人は1度、恐らく殆ど使われてなかったであろう、外装に傷ひとつ無い、極めて美品の本機がeBayに出品されていたのを見つけたものの、説明文に「充電池が壊れていたのでACアダプタのみで動作確認しましたが、LEDが一瞬鈍く光った後、動きませんでした」とあったときの遣る瀬無さたるや…もしかすると物好きが出品者に直接連絡して買い叩いたのかもしれないが、システム上はその出品に誰も入札せず、取引終了日時経過後に引っ込められた。